まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。
ただ、御国を求めなさい。そうすれば、これらのものは添えて与えられるであろう。
義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、 彼らは飽き足りるようになるであろう。
朽ちる食物のためではなく、永遠の命に至る朽ちない食物のために働くがよい。これは人の子があなたがたに与えるものである。父なる神は、人の子にそれをゆだねられたのである」。
神の国は飲食ではなく、義と、平和と、聖霊における喜びとである。
わたしは、むかし年若かった時も、年老いた今も、 正しい人が捨てられ、あるいはその子孫が 食物を請いあるくのを見たことがない。
主に信頼して善を行え。 そうすればあなたはこの国に住んで、安きを得る。
おおよそ、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、もしくは畑を捨てた者は、その幾倍もを受け、また永遠の生命を受けつぐであろう。
それでは、これらの事について、なんと言おうか。もし、神がわたしたちの味方であるなら、だれがわたしたちに敵し得ようか。
からだの訓練は少しは益するところがあるが、信心は、今のいのちと後の世のいのちとが約束されてあるので、万事に益となる。
神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである。
神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。
律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。
あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。
この時からイエスは教を宣べはじめて言われた、「悔い改めよ、天国は近づいた」。
「悔い改めよ、天国は近づいた」。
これは、あなたがたを、神の国にふさわしい者にしようとする神のさばきが正しいことを、証拠だてるものである。その神の国のために、あなたがたも苦しんでいるのである。
なぜなら、彼らは神の義を知らないで、自分の義を立てようと努め、神の義に従わなかったからである。
はばからず、また妨げられることもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えつづけた。
こうして、わたしたちの主また救主イエス・キリストの永遠の国に入る恵みが、あなたがたに豊かに与えられるからである。
エリヤは彼女に言った、「恐れるにはおよばない。行って、あなたが言ったとおりにしなさい。しかしまず、それでわたしのために小さいパンを、一つ作って持ってきなさい。その後、あなたと、あなたの子供のために作りなさい。
イエス・キリストの僕また使徒であるシメオン・ペテロから、わたしたちの神と救主イエス・キリストとの義によって、わたしたちと同じ尊い信仰を授かった人々へ。
ふたりとも神のみまえに正しい人であって、主の戒めと定めとを、みな落度なく行っていた。
その日ユダは救を得、イスラエルは安らかにおる。その名は『主はわれわれの正義』ととなえられる。
人はわたしについて言う、 『正義と力とは主にのみある』と。 人々は主にきたり、 主にむかって怒る者は皆恥を受ける。
パウロも、アポロも、ケパも、世界も、生も、死も、現在のものも、将来のものも、ことごとく、あなたがたのものである。
わたしはいま信じている、あなたがたの間を歩き回って御国を宣べ伝えたこのわたしの顔を、みんなが今後二度と見ることはあるまい。
繁栄と富とはその家にあり、 その義はとこしえに、うせることはない。
富と誉とはわたしにあり、 すぐれた宝と繁栄もまたそうである。
主は正しい人を飢えさせず、 悪しき者の欲望をくじかれる。
正しい者を悪い道に惑わす者は、 みずから自分の穴に陥る、 しかし誠実な人は幸福を継ぐ。
知者の心は彼を右に向けさせ、 愚者の心は左に向けさせる。
わが魂は夜あなたを慕い、 わがうちなる霊は、せつにあなたを求める。 あなたのさばきが地に行われるとき、 世に住む者は正義を学ぶからである。
また主は救と知恵と知識を豊かにして、 あなたの代を堅く立てられる。 主を恐れることはその宝である。
イエスは彼らに言われた、「よく聞いておくがよい。世が改まって、人の子がその栄光の座につく時には、わたしに従ってきたあなたがたもまた、十二の位に座してイスラエルの十二の部族をさばくであろう。
それは、時々、主の御使がこの池に降りてきて水を動かすことがあるが、水が動いた時まっ先にはいる者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。〕